調度よい塩梅    記録№8

受講生8

昨年入院していた義理の妹が亡くなった。入院していた時しゃべることができなくなったり、物が持てなくなったり、食事がとれなかったり、そんな姿を見るのが辛くお見舞いに行きたくなかったりした。それでも行かなければという気持ちがあった。その時浮かんだのが気功で教わった「思い過ぎてはいけない」という言葉だった。坦々とやりなさい。思いが強すぎると自分の体にも心にも影響がある。それからは坦々とということを自分に言い聞かせながら通い最期まで看取ることが出来た。これから老化していき、焦ったり不安になったりすることが多くなると思うが、あまり思いも強く持たないでやっていきたいなと思う。これから先死ぬ時も思いを強く持たないようにと思えたのは気功から学び、気功をやっていたお蔭。気功をやっていて良かったなと思った。

 

玉木先生

思いは強すぎると、気を貯めよう貯めようと思い自分の体以上の気が入ってしまい体に良くはない。枯渇しても勿論いけない。思いが強すぎ、行きたくない見たくないの気持ちになったり自分だけではなく相手にとっても心配され過ぎると心配の気が重く、相手まで沈んでしまうことがある。いかに思いを薄めていくかということだが、思いが薄まっていくと自分が無くなってしまうかと思うとそうではない。邪気邪念というと言い過ぎかもしれないが、その思いの中には余分なものがある。手で捨てて捨てていくとシンプルなその人が残るのでそこを目指す。意識する自分の思いがない方が自然に流される方向に流されれていく。生も死も例外なく死なない人はいないので今という現状を悔いなく生きていく中で自分の気持ちのよい塩梅というのを気功で見つけていくとさらに深まった気功になっていく。